風鈴’別館

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zoom RSS いのまなり?

<<   作成日時 : 2005/08/20 03:48   >>

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先日、上野で時間があったので、東京国立博物館の特別展「遣唐使と唐の美術」を見てきた。最近発見された「遣唐使の墓誌」の実物が展示されている。土曜日でもあり、ケースのまわりにびっしり人が貼りついているかと思ったが、そうでもなかった。まわりのパネルや遣唐使船の模型にばかり人だかりがしていて、実物のところには誰もいなかったりした。遣唐使船の模型は、前に神戸でよく似たのを見たような気がするが、これは兵庫県立博物館から持ってきたらしいので、別ものだろうか。

墓誌は、行の一番上の文字が読めないところが多いとのことだったが、見るとほとんどが石ごと欠けてしまっている。形の上の手がかりがなく、前後関係から推測するしかないので、いろいろな文字が試みられているようだ。「東」と読まれている文字は縦の棒の下の部分が残っているように見える。発見当時の新聞記事などで、「丹旐行衰」とあった「衰」の字は今回の展示の説明では「哀」となっていて、実物でも、「哀」にしか見えない。

この墓誌の背景については、いろいろな可能性がありそうに思えるのだが、発見から現在まで、国内の報道などは、性急にひとつの物語に収束しているようで奇異な感じがする。人物の名にしても、井・真・成の三文字がすべて日本名の文字であることが、既成事実のようになり、「いのまなり」という「読み」までが広く通用しているのはどんなものだろうか。

実際に中国語圏で活躍した日本人の中国名というと、李香蘭、賀蘭山、楊樹希など、日本名の「文字」とは関係のないものがまっさきに思い浮かんでしまう。現代の例は意味がないかもしれないが、古代でも、阿倍仲麻呂の「朝衡(晁衡)」がある。「朝」の字は「朝臣(あそん)」からきているのではないか、と何かの本で読んだことがあるが、「中国の朝廷を拝する意」との説明もある(これはとくに中国側の解釈か)。
墓誌の記載そのままに、才能を発揮して中国の社会で重んじられた人物ならば、いろいろな機会に名前の「文字」をもらってしまっても不思議でないように思える。
別に詳しい知識に基づいているわけではなく、「印象」にすぎないことではあるが、こんなに長い年月の後、せっかく「故郷」に帰ってきたのに、もしも日本名が全然違っていると気まずいのではないかと心配なのである。私などが心配する筋合いのことではないが、しかし。

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