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『爛柯堂棋話』に、秀吉の朝鮮出兵の時の武将たちの話があるが、その中に「木曽退治油断なく」など「木曽」という語が何度か出てくる。この文脈で木曽とは何のことか、しばらくは見当がつかなかったが、そのうち、「天竺徳兵衛」が朝鮮の「木曽判官」の子であるという設定になっていることと関係があるらしいとわかった。 『(甫庵)太閤記』巻十四にも、「木曾(モクソガ)城」「木曾判官」の語がでてくるが、岩波新日本古典文学大系の注釈によると、「『木曾』は『牧使』を日本で訛って称したもの」だそうだ。「牧使」は朝鮮の官名で、地方長官である。秀吉の出兵のとき、晋州牧使であった金時敏がよく戦ったので日本側にも強い印象を残し、そのため「牧使」(モクサ)とは何かよくわからないまま、「木曽」として記憶されたらしい。固有名詞のように思われているふしもある。 だから何だというわけではないのだが、「牧使」にたどりつくまでは、長野県の木曽をかきわけるのが大変だった。そうでなければ、こういったことは結構簡単にわかったはずだ。 |
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